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自戒

ラストの流れのまま、その前、さらにその前と場面を書き戻してみました。
書き戻すってことばが正しいのかは謎ですが……進む、じゃないものねえ。

台詞自体は前のものもかなり使用しているのに、
順番を変えて、流れを変えて……こんなに違うものになるのか!
と、ことばの持つ力に改めて驚いています。
(もちろん今までだって、何度も推敲して納得できるものを求めてきましたよ!)

なので、出来上がったときに全体としてどんな風になるのか、
自分でも楽しみになってきました。

と書くと「え、行き当たりばったり?」と無責任に見えるかもしれませんが、
一場面一場面、いや一言一言、探りながら姿を現していくので、
全体像はぼんやりしてるのですよね。

もちろん話の筋は通すし、違う姿で出てきたら「さよなら」です。
その判断ができる芯だけを持って、あまりガチガチに決めずに書く方が、
私には合っているようです。
探って探って、場面なり役なりが姿を現した時の感覚といったら……。
書く作業の醍醐味です。

『鍋』ファーストバージョンは、最初にガチガチに決めすぎて、
ストーリーを追って台詞を書いてしまった気がします。
探る作業を楽しめず、いろいろことばで説明してしまって台詞は無駄に長くなるし、
場面場面の持つ流れや力を無視してしまっていたなあ……。

と、自戒を込めて記事にしてみました。
調子の悪いときに無理をするもんじゃないという反省もありますが、
今は、こういうことに気づけたのでよしとしましょうか。

実は、今思うと過去公演にも思い当たるものがあり……(汗)、
当たった人はハイブリッド渾沌マニアです。
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おでこの眼鏡で

終りの三頁あたりを書いてみました。

私はほぼ必ず、まずラストから書きます。
それ以外は順番ぐちゃぐちゃです。
書けそうなところから書いていって、構成を考え直しつつ、
足りないところをまた書いていきます。
(最初の場面から順番に書いていける人、すごいと思う……。)

なるほど、カレーだとこういう終わるのか。
終りが見えればだいぶ楽になったぞ。

何から抜き出したか忘れたメモと、新しい号の「風の旅人」のとある記事により
うまくとっかりが掴めました。やったぜ!

それだけでなく、気づいたことがあるのですが、
どうも、コンタクトでなく眼鏡だとやりやすいような……?
べつに、でこでこでこり~んな魔法の眼鏡じゃないんですけどね。
これからは眼鏡でやることにしませう……。

さよなら、3さん

よく寝て情報処理できたかって……?

さっぱりわかりません。

まあ、頭の中のことですから。


さて、内容はともかく、一度完成させたものを一度解体し、
また構築するというのは、大変大変である。
変な日本語になってしまいましたが難しいです。

第二回公演『河を渡る』も、過去にやった30分くらいの短い台本を、
要素を増やして3倍くらいにいたしました。
それはまだ、筋は一本で肉づけをする意味合いが大きかったので、
今回のような思いはいたしませんでした。

今回は、量的には十分だったものを、要素をいくつか入れ替えて、
おおまかは筋はそのままに、テーマ深く濃くする……という作業になるでしょうか。
元があるほうが簡単に思われるかもしれませんが、ゼロから書く方が楽だと思います。
シチューを分解してシチューの素だけ取り出し、じゃがいもやらたまねぎやらはそのままに
ルーや香辛料を足してカレーを作るとしたら、大変でしょう?!

じゃあ一から作ればってなりますが、じゃがいもやにんじんは使いたいのよどうしても。
でも、どれがじゃがいもでどれがにんじんか、とか、
どれがシチュー要素になっちゃってるか、とかの判別がこれまためんどくさい。

言葉って存在が強くて、台本に起こす、
つまり、一度イメージを流れをつけて言語化してしまうと、
どうしてもそれに引っ張られてしまいます。
イメージをより正確にするために修正するのは大丈夫なんですけどね。
自分で作った流れに縛られちまってる訳です。

でも、よりいい鍋にするために立ち向かわねば。

すんごい愚痴を書きまくっているだけに見えるかもしれませんが、
もちろん好きでやっているのです。
悩んで苦しんで考えて、自分なりの解釈が見える瞬間は快感です。
マゾにしか見えないかもしれませんが……。


とりあえずこれだけは!と思うのは、3さんがいらないということ。
(最初は名前もなく通しナンバーの役名になっております)
3さんはどうしてもシチュー要素なのよね。

さよなら3さん!
君は役割や存在感的には準主人公クラスだったのに、いらなくなってしまったんだ。
君のことは忘れない。
君が日の目を見ることはないが、ネット上にて弔われたと思って、素直に成仏してくれ~。
(私に台本を読ませられた方は、3が誰か想像してみると面白いかもしれませんね)

情報処理

今週、前半は資料の本をたくさん読みました。

過去にもよく読んだ、宮田登さんの民俗学の本にかなり目を通しましたが、
近世以降のネタが多いせいか、いまいちぴんと来ない。
逆に、図書館閉館前3分でとっさに借りた本がすごく参考になった。
こういう嗅覚?直感?って大事ね。
勢いづいてたくさん読みまくる(もちろん必要なとこ以外は流し読み~)。

ところが、昨日あたりから本が頭に入らなくなった。
頭が満腹という感じ……?
おまけにすごく眠い。
時おり頭痛もするし、集中力も保たない。
極端に睡眠不足でも、運動したわけでも、仕事が忙しかったわけでもないのに。
体調不良か、それともバイオリズムかしら……と思っていましたが、
田口ランディさんと整体師の寺門琢己さんの対談集『こころのひみつ』を読んでいて、
理由に思い当たりました。(資料じゃない本は読めたのです)

きっと、頭の中に取り込んだ情報が未整理のまま容量いっぱいになっちゃったのだ……。
パソコンと一緒で、いっぱいになったら整理しないとならないのね。
未整理のままでは使えないし、まだ情報が必要でもそれ以上は入らなくなってしまう。
過去の経験から述べると、その情報処理は睡眠中に行われるのではないかと思う……。
人間の脳って(私の、ではなくてよ)性能がいいから、
寝てる間にばーっとやってくれるのよ。
でも、情報が多すぎて通常の睡眠では足りなかった……と。

満腹だけど、かたち(台本)になって出てくるわけでもない。
きちんと消化して吸収して、栄養は必要なところにためこんでおかないと
いいうんこは出てこないのだな。
「お姉ちゃん、いいうんこしてますか」って聞かれたら
「できてなくってよ」としか答えられない!
って、こんな『浮浪雲』のおっさん向けネタは、ここを覗いてくれる人に通じるのか?

よし、まずは寝よう。
そしていいうんこができるようがんばります。

……台本をうんこ呼ばわりしたうえ、よく考えたら栄養の残りかす!?
まあいいや、とにかくおやすみなさい!

根の国

根の国とは、日本の神話に出てくる、地下にある異界だそうです。
(諸説あるので詳しくは各自お調べください!)

芝居の本番を花として考えると、茎や葉が稽古や本格的な準備、
稽古が始まる前の下準備は根っこのようなものかしら?と思い、
名付けてみました。

死者の国というイメージが強かったけれど、正負合わせた意味合いがあるようで、
作品としてまとまっていない金子個人の考えの在り処としても相応しいかな、と。


先日述べた「修行のような体験」のひとつで、
昔、修験道で修行の場として使われていた洞窟に入りました。
懐中電灯のみを道連れに、他に客もなく、中では完全にひとりです。
(友人は外で待っててくれていて、入口には管理の方がいました)
相当深くて真っ暗、狭い、すべる、穴や溝がある、水がたまっている。
自分の息遣いと、どこかで水の垂れる音が響くだけ……。
思い出すのは川口探検隊……。
修行の場をそのまま残すために整備はされていませんが、
いちおう観光地なので、落ちたら助からないような竪穴とかはありません。
それでも、やっぱり怖かった!!!
ふ、と立ち止まって、光も届かない真っ暗な後ろを振り返ったりすると……。

これが私の根の国体験。
イザナギやオルフェウスは偉かった。
いや、死んでしまった愛する人にどうしても会いたかったら、
こんな恐怖なんか屁でもないのかもしれない。


『鍋』は洞窟の中の話です。
うふ、ちょっとだけネタばれだわ。
胎内巡りとか、古墳でも一人で暗い穴の中に入ったりはしましたが、
本当の、人造でない洞窟(しかも本当にひとりぼっち)は私の想像以上でした。
作品作りの参考にと訪れたわけではないのだけれど、
(むしろほぼ予備知識がなく、友人が私に向いていると察知して連れて行ってくれた)
肌にまとわりつくような濃密な闇と、そこで感じたことが『鍋』に必要だったのは確かね。

一年ぶりになってしまいましたが

表立った活動がなかったにも関わらず、ブログをのぞいてくださる奇特な方、
えー、大変おひさしぶりでございます。
金子薫、生きております。

記事でのみですが、次回公演 『鍋』 と銘うってから一年……(汗)。
ハイブリッド渾沌もとうとうくたばったか、と思われているかもしれませんが、
金子ともども、命の炎は消えておりませんわ。

私は常に燃え盛りたいとおもっているのですが、
独りで盛ったって、虚しいただのバカじゃありませんか。
ほら、ぬいぐるみなどを相手に盛っているワンちゃんとか見ると、
なんともいえない気持ちになるでしょう……?
(いえいえ、犬はバカじゃありませんよ、本能なのですから。)
私がぬいぐるみ相手に盛っているのを見たら、
なんともいえない気持ちになるでしょう……?
って、もちろんそんなことをしたことはございません。
かといってそういうご趣味の方を否定する気も毛頭ございません。
ぬいぐるみ相手、人に迷惑をかけることもなく、けっこうじゃございませんか。

と、なんの話だったかしら……?

そうそう、
少々気力が低下している中、台本を書き終え、準備を始めようとしましたが、
やる気だけが空回りしてうまく物事が運ばず、頓挫しておりました……。
物事には時機というものがあるのだと、改めて強く悟ったのでございます。

じわじわと気力を取り戻しつつ、新しいネタに取り憑かれましたので
そちらについて構想を練ったり、書いたり、パン生地を練ったりしておりました。
軽いおじさまギャグですが、パンも事実です。
お家で焼いたパンはうまいです。

と、こ、ろ、が……(←表現がちょっと古い)
先日の旅行で体験した修行のような出来事が、
放置プレイ真っ最中な 『鍋』 を揺さぶりました。
あの中で描かれていたものは生ぬるかったのでございます。

再び鍋の渦のなかへと引き込まれた私は、より描きたかった鍋の姿を見出すべく、
旧鍋の解体、余分な材料の廃棄(もしくは別作品のため保存)、
新たに必要な具材探し、求める味へのレシピ探究……
と、旅立つことになったのでございました。

新しいネタも依然近くに控えておりますが、とりあえず発酵させてみることに……。
生地には寝かせることも必要ですからね。
鍋に集中しつつ、こちらも発酵させすぎないよう要注意だわ!
発酵させすぎるとイースト菌が活躍しすぎてすっぱくなるのよ。


と、そんな鍋とパン(違)の間で揺れる、身体中感じる私の思いを、
せっかくなのでご報告しながら進んでみようかと思います。

基本的に公演の情報・宣伝を目的に設置したブログで、
金子の日記(?)的なものは載せない方向でございましたが、
公演が頻繁でなく放置期間が長いのと、
なんかもういいか(笑)という諦めのような感情で、
公演準備をチラ見せする
「金子薫の根の国よりこんにちは」
を綴っていってみようかと思います。

おもしろいかおもしろくないかはともかく、
こんな風にして小劇場の公演が作られていくのね~
という一端の一端がお伝えできればいいなと思います。

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